米国の優位は、何よりも軍備の面で際立っている。長・中・短距離の核ミサイルはもちろんのこと、通常兵器においても、その威力と精度において隔絶している。
湾岸戦争でも見られたように、レーダーによる誘導技術に支えられた「ピンポイント」爆撃能力は、遠くない将来、核兵器を無用化してしまうほどのものになる可能性を示している。
保有する装備の強大さに加え、良し悪しの評価は別として、いざとなれば実力を行使する意思を発揮し得るという点でも、米国は傑出している。
今日の世界において、国際社会のならず者を取り締まる警察力を発揮しうるのは米国だけである。本来なら設立時の理想に沿って警察機能を発揮すべき国連に実力と意思結集力がないだけに、世界秩序に対する米国の統率力は、事実上あらゆる国が認めざるを得ない。
この事実を如実に示しだのが、九八年から九九年にかけてのコソボ紛争であった。米国にとっては、国益上さしたる実利をともなわず、むしろ「国連安保理事会の決議にもとづかない国際法違反の独善的軍事力の行使」という汚名を着ることになった介入である。
「ソ連・東欧勢に対抗する同盟機構」として始まったNATOが、仮想敵を失ったあと、「国際正義(人道)のための介入」という新たな使命を追求することになった今日、白昼公然たる非人道行為に対し無力であるわけにいかないという、NATOの盟主としての立場ゆえの介入であった。
換言すれば、米国は「軍事カナンバーワン」として自縄自縛にあったということになろう。自国領土の防衛に限れば「無用の長物」ともいえる特異性を持つ米国の軍事力が、その特異性をそのままに発揮したといえる。
コソボ紛争渦中のベオグラード中国大使館爆撃では、情報面のお粗末さを見せつけた米国だが、世界的規模での軍事力展開において、何よりもものをいうのは人工衛星を利用した米国の情報力である。
古来、戦争を制するのは情報力だが、軍事技術が極度に高度化していく中で、米国の情報収集・分折・伝達に関するハード、ソフト両面の機能は、隔絶したものがある。
特に、「世界の二地占一(具体的には朝鮮半島とペルシャ湾)で同時に発生した地域紛争に対処する兵力展開能力」を前提として組み立てられた米国の世界戦略とこれを支える情報機能に比肩しうるような能力は、当分の間世界のどの国にとっても考えられないであろう。
2015年2月2日月曜日
2015年1月5日月曜日
電力自由化からスマートグリッドヘ
そのような前史があったところに、一九九〇年代の「モバイル革命」と「インターネット革命」が起きた。水平分業の各レイヤーで、多くの新規プレーヤーが参加して、一大競争が始まった。携帯電話会社同士の競争が始まり、インターネットのプロバイダ(接続業者)同士の闘いが行われ、インターネット上で各種のサービスを提供するアプリケーションサービスプロバイダ同士も競い合った。多くの分野でさまざまなイノベーションが一気に開花したのが、一九九〇年代以降の話だ。エネルギー産業も通信産業とよく似たところがあって、一九九〇年代半ば以降、米国やヨーロッパで電力の自由化が進展したことは前にも述べた。これはいわゆる「発送電の分離」で、それまでの垂直統合の一社独占構造が崩れ、水平分業化が進展した。発電と送電網の分離は川上側の変化だから、通信で言う長距離とローカルの分離に近い。
この段階では、ユーザーにもわかるような変化が起きたわけではない。これも通信と同じだ。電力の自由化で電気料金が若干安くなった程度の話にすぎなかった。ただ、ここで水平分業化を進めておいたことが、その後のイノベーション爆発の呼び水となっていく可能性が高いのである。電力市場のイノベーションの本番はこれからだ。電力の世界でインターネット革命に相当するのは、「スマートグリッド(次世代送電網)」「省エネ低炭素型の分散型電力利用・発蓄電技術」のイノベーションだ。エンドユーザーに近い川下側の革命がこれから起きる可能性が高まっているのである。通信ネットワークで電力の供給側とエンドユーザー側、あるいは供給者問、ユーザー間を結び、IT技術と価格メカニズムも活用しながら電力需給の最適かつ絶妙なバランスを実現する。
再生可能子不ルギーを有効に使ううえでも欠かせない技術だ。そしてピークカットによって大型発電所への依存度も下げていく。このスマートグリッド周辺で、いままさに、さまざまなイノベーションが起こり始めているのだ。残念ながら、日本はいまだに発送電分離を認めておらず、地域独占の垂直統合型を維持している。欧米の動きと比べると、周回遅れと言ってもいいくらいのレベルなのだが、東日本大震災と福島第一原発事故を機に、パンドラの箱が開きかかっている。これを思い切り開放すれば、一気に遅れを挽回できる。そして通信でそうであったように、このイノベーションは、電力周りのビジネスを一気にグローバル化させる。省エネと人口減少で売り上げ低下圧力に悩む電力会社自身にとっても、また周辺の機器メーカーやITサービスにとっても千載一遇のチャンスなのだ。
にだが、いまのところ各電力会社の動きは鈍い。「スマートグリッドというけれど、それはいまだに各地で停電が頻発する米国だから必要なのであって、電力の安定供給が実現できている日本は現状でも十分『スマート』だ」というのが彼らの言い分だ。たしかに、分散的に発電して、分散的に電力を使うスマートグリッドの仕組みには、現状でさまざまな問題点があることは私も知っている。だが、そうした技術的な問題は、時間がたてば克服できるのだ。それはインターネットの歴史が証明している。
インターネットが登場したばかりの頃、NTTなどの「伝統的な」通信事業者の技術者の多くは、「インターネットなんて、接続を保証しないベストエフォート型のサービスだろう。安定供給が第一の我々が直接やるような仕事ではない」と言っていた。交換機を頂点とした中央集権型の垂直統合モデルに慣れた彼らにとって、中心を持だないネットワーク型のサービスはどこか信用できなかったのだろう。たしかに最初の頃は、インターネット回線はよく帽斡を起こしていて、つながらないこともあった。だが、中央集権システムにも弱点がある。中央が落ちたら全滅なのだ。しかしインターネットなら、回線のどこかがダウンしてもそこを迂回していけるので、いきなり全滅することはない。
この段階では、ユーザーにもわかるような変化が起きたわけではない。これも通信と同じだ。電力の自由化で電気料金が若干安くなった程度の話にすぎなかった。ただ、ここで水平分業化を進めておいたことが、その後のイノベーション爆発の呼び水となっていく可能性が高いのである。電力市場のイノベーションの本番はこれからだ。電力の世界でインターネット革命に相当するのは、「スマートグリッド(次世代送電網)」「省エネ低炭素型の分散型電力利用・発蓄電技術」のイノベーションだ。エンドユーザーに近い川下側の革命がこれから起きる可能性が高まっているのである。通信ネットワークで電力の供給側とエンドユーザー側、あるいは供給者問、ユーザー間を結び、IT技術と価格メカニズムも活用しながら電力需給の最適かつ絶妙なバランスを実現する。
再生可能子不ルギーを有効に使ううえでも欠かせない技術だ。そしてピークカットによって大型発電所への依存度も下げていく。このスマートグリッド周辺で、いままさに、さまざまなイノベーションが起こり始めているのだ。残念ながら、日本はいまだに発送電分離を認めておらず、地域独占の垂直統合型を維持している。欧米の動きと比べると、周回遅れと言ってもいいくらいのレベルなのだが、東日本大震災と福島第一原発事故を機に、パンドラの箱が開きかかっている。これを思い切り開放すれば、一気に遅れを挽回できる。そして通信でそうであったように、このイノベーションは、電力周りのビジネスを一気にグローバル化させる。省エネと人口減少で売り上げ低下圧力に悩む電力会社自身にとっても、また周辺の機器メーカーやITサービスにとっても千載一遇のチャンスなのだ。
にだが、いまのところ各電力会社の動きは鈍い。「スマートグリッドというけれど、それはいまだに各地で停電が頻発する米国だから必要なのであって、電力の安定供給が実現できている日本は現状でも十分『スマート』だ」というのが彼らの言い分だ。たしかに、分散的に発電して、分散的に電力を使うスマートグリッドの仕組みには、現状でさまざまな問題点があることは私も知っている。だが、そうした技術的な問題は、時間がたてば克服できるのだ。それはインターネットの歴史が証明している。
インターネットが登場したばかりの頃、NTTなどの「伝統的な」通信事業者の技術者の多くは、「インターネットなんて、接続を保証しないベストエフォート型のサービスだろう。安定供給が第一の我々が直接やるような仕事ではない」と言っていた。交換機を頂点とした中央集権型の垂直統合モデルに慣れた彼らにとって、中心を持だないネットワーク型のサービスはどこか信用できなかったのだろう。たしかに最初の頃は、インターネット回線はよく帽斡を起こしていて、つながらないこともあった。だが、中央集権システムにも弱点がある。中央が落ちたら全滅なのだ。しかしインターネットなら、回線のどこかがダウンしてもそこを迂回していけるので、いきなり全滅することはない。
2014年12月1日月曜日
チェック・アンド・バランスが機能している
一般にアメリカでは、企業に高額の賠償金が科されることによって、消費者に確実に安全がもたらされるといった資料などもあります。これをどう評価するかは見方によりますが、少なくともそういうニュースはほとんど日本には紹介されません。
また、ごく素朴な疑問として、「一般人の出した判決など到底信用できない」という意見がアメリカにはないのか、と思われる方もいるかもしれません。しかし、陪審制でも「判決」を下すのは裁判官で、陪審員は「事実がどうであったか」ということを判断するだけなのです。
だから、その決定は「評決」と呼ばれます。陪審員の評決かおり、その後に、評決を元に裁判官の「判決」が出るという関係です。 すなわち、陪審員が決めた事実に、裁判官が法律を当てはめて、しかるべき結論を出す、というのが基本的な役割分担になっていて、陪審員の暴走を食い止めるのが裁判官の仕事でもあるのです。
これは一種のチェックーアンドーバランスの考え方ですが、今の日本の制度では「裁判官は絶対に暴走しない」という前提、田心い込みしかありません。そこで民事裁判では、先のハンバーガー事件のケースにもあったように、陪審評決が出ても裁判官の方で「これは高すぎるから半額にする」とか、「法律違反があった」という理由で陪審員とは違う判決を出すこともできるのです。
つまり、アメリカの民事裁判の場合には、どうみても陪審員が間違っていると判断したら、裁判官はそれを覆したり修正したりできるわけで、そこに裁判官の重い使命もあって、より妥当な結論を導く仕組みになっているのです。
また、ごく素朴な疑問として、「一般人の出した判決など到底信用できない」という意見がアメリカにはないのか、と思われる方もいるかもしれません。しかし、陪審制でも「判決」を下すのは裁判官で、陪審員は「事実がどうであったか」ということを判断するだけなのです。
だから、その決定は「評決」と呼ばれます。陪審員の評決かおり、その後に、評決を元に裁判官の「判決」が出るという関係です。 すなわち、陪審員が決めた事実に、裁判官が法律を当てはめて、しかるべき結論を出す、というのが基本的な役割分担になっていて、陪審員の暴走を食い止めるのが裁判官の仕事でもあるのです。
これは一種のチェックーアンドーバランスの考え方ですが、今の日本の制度では「裁判官は絶対に暴走しない」という前提、田心い込みしかありません。そこで民事裁判では、先のハンバーガー事件のケースにもあったように、陪審評決が出ても裁判官の方で「これは高すぎるから半額にする」とか、「法律違反があった」という理由で陪審員とは違う判決を出すこともできるのです。
つまり、アメリカの民事裁判の場合には、どうみても陪審員が間違っていると判断したら、裁判官はそれを覆したり修正したりできるわけで、そこに裁判官の重い使命もあって、より妥当な結論を導く仕組みになっているのです。
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