私は初産の時、助産婦の知識不足から長時間、『いきみ動作を続けさせられたから、こと姿勢のしんどさに関しては、いやというほど実感させられた。いきみ動作とは「肛門に向かって硬い便を排便する時のように」と、私を担当した助産婦が表現したが、排便動作とほとんど同じと考えてよい。生理的にも、母体内で十分成熟し「もう出たいよう」と合図した胎児を、母体が、「体内で育み続ける必要のなくなった、いわば異物として排出」しようとするのだから排便と同じなのだ。誰でも排便する時に、寝た方がしやすいと考える人はいないだろう。
また、昔のお産を調べてみたところ、第1章で述べたように私たちの先祖も上体を立て、腰かけたり、しゃがんだりしてお産していることがわかった。体験上、この仰臥の出産姿勢を本当に産みにくいと感じていた私は、離島や山村でのフィールド調査のさい、とりあげ婆さんの頃に坐ってお産し、その後、産婆さんにみてもらって仰臥位でお産した人に出会うと、とくに関心を持って聞くことにしていた。「どっちがお産しやすかったですか」と。するとどの人も判で押したように、「そりゃあ、坐った方がやりよい。ずっと力が入れやすい」と口をそろえた。したがって、仰臥姿勢は、産む人にとっては力が入りにくく、生理的にも不合理で自然の法則から考えても、非科学的なものであるとわかる。
産婦はお産知識を持たない方がいいのかこれについては、産む女性側には二種類の態度があるだろう。一方は産科医を絶対的に信頼できる人で、「こわいお産の話など聞きたくない。偉い先生が、そばについていてくれたら、神さまがついていてくれるようなものだから安心。言われた通りに従うのが一番いいお産の仕方だから、私かそんな知識なんか持たなくてよい」と考える人だ。このような人ならきっと現状に賛成するだろう。しかしこの場合には、重大な二条件が揃わなくてはならない。重大な二条件とは安産(もしくは平常産)に出会うこと、さらに、注意深く、能力、技術ともに優秀な産科医に出会うこと、これらが決め手だ。
出産はほとんどの場合、平常産で終わる。女性の身体は動物のメスと同じで、体内で赤ちゃんを育み、月満ちて胎児が成熟すれば、ちゃんと分娩できるような仕組み(生理機構)が備わっているのだから、放っておいてもうまく出産できるのは当然といえば当然なのだ。とくに現代のように産婦の栄養状態もよく、過度の労働もせず、衛生状態もよければ、平常産は大多数の産婦で起こるのは当然なのである。例えば、一九八九年では、一五〇〇グラム未満の赤ちゃんの出生率は〇・五%、一九九〇年の妊産婦死亡率は出生一〇万対八・五である(厚生省『母子衛生の主なる統計』一九九一年)。だから、大部分のお産は、産科医の力量に差があろうとそれほどの問題は起こらない。問題は、そのわずかな確率の中に入った時。その時、これも折悪く勉強不足の産科医や助産婦に出会った時だ。
2012年12月25日火曜日
2012年9月6日木曜日
「治」とは調整していい状態にすること
『老子』の第三章に「無為をなせば、すなわち治まらざるはなし」という言葉があります。一部の者を優遇するから、人々の間に競争心が起こる。
珍しいものを貴重だとするから、人々の心に欲が出て盗みをはたらくようになる。そういうよけいな作為はせず、無為の政治をすれば、治まらない国はないというのがそこでの主張です。
しかし、「治」とは調整していい状態にすることですから、病気の治療もこの中に入ります。そこで、この言葉は、「無為をなせば、すなわち治らざるはなし」とも読めるわけです。これほど心理療法の本質をついた言葉もないでしょう。
欲が出て盗みをはたらくようになる。そういうよけいな作為はせず、無為の政治をすれば、治まらない国はないというのがそこでの主張です。
しかし、「治」とは調整していい状態にすることですから、病気の治療もこの中に入ります。そこで、この言葉は、「無為をなせば、すなわち治らざるはなし」とも読めるわけです。これほど心理療法の本質をついた言葉もないでしょう。
珍しいものを貴重だとするから、人々の心に欲が出て盗みをはたらくようになる。そういうよけいな作為はせず、無為の政治をすれば、治まらない国はないというのがそこでの主張です。
しかし、「治」とは調整していい状態にすることですから、病気の治療もこの中に入ります。そこで、この言葉は、「無為をなせば、すなわち治らざるはなし」とも読めるわけです。これほど心理療法の本質をついた言葉もないでしょう。
欲が出て盗みをはたらくようになる。そういうよけいな作為はせず、無為の政治をすれば、治まらない国はないというのがそこでの主張です。
しかし、「治」とは調整していい状態にすることですから、病気の治療もこの中に入ります。そこで、この言葉は、「無為をなせば、すなわち治らざるはなし」とも読めるわけです。これほど心理療法の本質をついた言葉もないでしょう。
2012年8月23日木曜日
「無条件の日朝正常化交渉再開」に了解を与えていた
自民党は、金容淳書記の再三の要請を受け、一九九七年一一月一一日から森喜朗総務会長を団長にした与党訪朝団(自民党、社民党、さきがけ)を派遣した。この与党訪朝団に対し、金容淳書記は「拉致」との言葉を使わないように要請し「行方不明者」とするよう求め、調査することを約束した。しかし、後になって該当者はいないとの調査報告が届けられた。
この森訪朝団に参加した自民党の「実力者」に、金容淳書記は「コメ一○○万トンの支援」を要請したといわれるのである。
森訪朝団は、国内での批判もあり合意文書は作成しなかった。その代わり「報道文」を発表した。この報道文には、①第九回政府間交渉の再開②交流拡大―が盛り込まれた。北朝鮮が第九回交渉の再開にこだわった理由は「新たな交渉」にしたくなかったからである。新たな交渉にすると、拉致問題を正式議題として日本側が提出するのは間違いなく、また「戦後の償い」が白紙化される恐れがあった。日本の外務省は、新たな交渉を望んだが、日本の政治家は「新たな交渉」と「第九回交渉」の違いが持つ大きな意味を理解できなかった。この報道文からは「無条件の日朝正常化交渉再開」の文字は消えた。
北朝鮮側がこだわった「無条件の日朝正常化交渉再開」の条件を、事実上棚上げにした気概ある日本の外交官がいた。
日本の外交官にとって、外務省北東アジア課長のポストは、最重要ポストの一つである。北東アジア課長は、南北両朝鮮との外交を担当する。歴代の課長には「優秀」といわれた外交官が任命された。
しかし、このポストほど危険な役職もない。南北朝鮮の対立の中で、下手をすると双方の攻撃をうけかねないからである。特に、どちらか一方と強く結びつく日本の政治家が、自分の思惑や意向に沿わない政策には強く反発するからである。外務省内にも、多くの異なった見解がある。それだけに、政治家の動向や省内の思惑を十分に計算していないと、集中砲火を浴びることもある。北東アジア課長になったら、問題になることをせずに無難に二年の任期を終え、次のポストに急いで移るのが頭のいい対応といわれた。
当時北東アジア課長に就任したA氏は、それまでの方針をこっそり変えた。「拉致問題が何らかの形で前進しない限りは、日朝正常化交渉の再開は、国民の納得を得られない」と、北朝鮮側に非公式に通告したのである。それまでの北東アジア課長は、政治家が合意した「無条件の日朝正常化交渉再開」に了解を与えていたのである。
この森訪朝団に参加した自民党の「実力者」に、金容淳書記は「コメ一○○万トンの支援」を要請したといわれるのである。
森訪朝団は、国内での批判もあり合意文書は作成しなかった。その代わり「報道文」を発表した。この報道文には、①第九回政府間交渉の再開②交流拡大―が盛り込まれた。北朝鮮が第九回交渉の再開にこだわった理由は「新たな交渉」にしたくなかったからである。新たな交渉にすると、拉致問題を正式議題として日本側が提出するのは間違いなく、また「戦後の償い」が白紙化される恐れがあった。日本の外務省は、新たな交渉を望んだが、日本の政治家は「新たな交渉」と「第九回交渉」の違いが持つ大きな意味を理解できなかった。この報道文からは「無条件の日朝正常化交渉再開」の文字は消えた。
北朝鮮側がこだわった「無条件の日朝正常化交渉再開」の条件を、事実上棚上げにした気概ある日本の外交官がいた。
日本の外交官にとって、外務省北東アジア課長のポストは、最重要ポストの一つである。北東アジア課長は、南北両朝鮮との外交を担当する。歴代の課長には「優秀」といわれた外交官が任命された。
しかし、このポストほど危険な役職もない。南北朝鮮の対立の中で、下手をすると双方の攻撃をうけかねないからである。特に、どちらか一方と強く結びつく日本の政治家が、自分の思惑や意向に沿わない政策には強く反発するからである。外務省内にも、多くの異なった見解がある。それだけに、政治家の動向や省内の思惑を十分に計算していないと、集中砲火を浴びることもある。北東アジア課長になったら、問題になることをせずに無難に二年の任期を終え、次のポストに急いで移るのが頭のいい対応といわれた。
当時北東アジア課長に就任したA氏は、それまでの方針をこっそり変えた。「拉致問題が何らかの形で前進しない限りは、日朝正常化交渉の再開は、国民の納得を得られない」と、北朝鮮側に非公式に通告したのである。それまでの北東アジア課長は、政治家が合意した「無条件の日朝正常化交渉再開」に了解を与えていたのである。
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