一般にアメリカでは、企業に高額の賠償金が科されることによって、消費者に確実に安全がもたらされるといった資料などもあります。これをどう評価するかは見方によりますが、少なくともそういうニュースはほとんど日本には紹介されません。
また、ごく素朴な疑問として、「一般人の出した判決など到底信用できない」という意見がアメリカにはないのか、と思われる方もいるかもしれません。しかし、陪審制でも「判決」を下すのは裁判官で、陪審員は「事実がどうであったか」ということを判断するだけなのです。
だから、その決定は「評決」と呼ばれます。陪審員の評決かおり、その後に、評決を元に裁判官の「判決」が出るという関係です。 すなわち、陪審員が決めた事実に、裁判官が法律を当てはめて、しかるべき結論を出す、というのが基本的な役割分担になっていて、陪審員の暴走を食い止めるのが裁判官の仕事でもあるのです。
これは一種のチェックーアンドーバランスの考え方ですが、今の日本の制度では「裁判官は絶対に暴走しない」という前提、田心い込みしかありません。そこで民事裁判では、先のハンバーガー事件のケースにもあったように、陪審評決が出ても裁判官の方で「これは高すぎるから半額にする」とか、「法律違反があった」という理由で陪審員とは違う判決を出すこともできるのです。
つまり、アメリカの民事裁判の場合には、どうみても陪審員が間違っていると判断したら、裁判官はそれを覆したり修正したりできるわけで、そこに裁判官の重い使命もあって、より妥当な結論を導く仕組みになっているのです。
2014年12月1日月曜日
2014年11月1日土曜日
北朝鮮の核・ミサイル開発疑惑
朝鮮半島では北朝鮮の核・ミサイル開発疑惑がなお完全に払拭できないものの、南北朝鮮はすでに非核化について合意。二〇〇〇年六月に平壌で分断後初めての南北首脳会談が開かれることが決まり、朝鮮半島の安定化に少なからぬ寄与が期待される段階を迎えた。
日米韓の協力体制によって、北朝鮮は軽水炉を提供する朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が動き出して、事実上の多国間の地域安保対話も始まっている。
北朝鮮はさらに日米両国との関係改善によって、新しい経済関係構築のきっかけを掴もうとしており、日朝間では九二年十一月以来途絶えていた国交正常化交渉の本会談(大使級)が、二〇〇〇年四月から七年二ヵ月ぶりに平壌で再開された。
また、米朝高官協議も順調に回を重ねており、二〇〇〇年中には相互に連絡事務所を設置する交渉がまとまりそうで、核疑惑をめぐって米国による対北朝鮮制裁が取りざたされた九四年当時のとげとげしい雰囲気は、もはやない。
一方、朝鮮半島問題と並ぶ東アジアのもう一つの大きな紛争要因である中台関係は、二〇〇〇年三月の台湾総統選を牽制するため、中国が「台湾白書」を発表して、その中で台湾統一のための武力行使の条件に、「無期限の交渉拒否」を追加したため、一時的に緊張が高まった。
しかし、九六年三月の総統選の前後に、台湾を威嚇する狙いで中国が行ったミサイル射撃の軍事演習に比べれば、緊迫感はそれはどなかった。中台間にはすでに九三年から、直接対話の道が開かれており、両岸の貿易、経済交流も拡大基調が続いていて、今後さらに直接対話を積み重ねていけば、中台関係は政治的な緊張緩和に向かう可能性を否定できない。
もちろん、楽観要因ばかりではない。北朝鮮は対米関係の改善に自らの体制の生き残りをかけているが、米国の巨大な軍事力を相変わらず敵視、米国が一つ対応を誤れば冒険主義に走らないとも限らない。
また、中国は米国との「戦略的パートナーシップ」の確立による協調を求めながらも、冷戦に一人勝ちして「世界一極支配体制」を固めつつある米国の覇権主義に警戒感を募らせ、軍事力の強化に余念がない。
しかし、全体として見れば、アジア太平洋地域の多国間協調の流れを押しとどめることはできまい。経済面では東アジアにアジア太平洋経済協力会議(APEC)、東南アジアには東南アジア諸国連合(ASEAN)、ASEAN自由貿易地域(AFTA)などの多国間協力のネットワークが築かれ、発展を続けている。
日米韓の協力体制によって、北朝鮮は軽水炉を提供する朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が動き出して、事実上の多国間の地域安保対話も始まっている。
北朝鮮はさらに日米両国との関係改善によって、新しい経済関係構築のきっかけを掴もうとしており、日朝間では九二年十一月以来途絶えていた国交正常化交渉の本会談(大使級)が、二〇〇〇年四月から七年二ヵ月ぶりに平壌で再開された。
また、米朝高官協議も順調に回を重ねており、二〇〇〇年中には相互に連絡事務所を設置する交渉がまとまりそうで、核疑惑をめぐって米国による対北朝鮮制裁が取りざたされた九四年当時のとげとげしい雰囲気は、もはやない。
一方、朝鮮半島問題と並ぶ東アジアのもう一つの大きな紛争要因である中台関係は、二〇〇〇年三月の台湾総統選を牽制するため、中国が「台湾白書」を発表して、その中で台湾統一のための武力行使の条件に、「無期限の交渉拒否」を追加したため、一時的に緊張が高まった。
しかし、九六年三月の総統選の前後に、台湾を威嚇する狙いで中国が行ったミサイル射撃の軍事演習に比べれば、緊迫感はそれはどなかった。中台間にはすでに九三年から、直接対話の道が開かれており、両岸の貿易、経済交流も拡大基調が続いていて、今後さらに直接対話を積み重ねていけば、中台関係は政治的な緊張緩和に向かう可能性を否定できない。
もちろん、楽観要因ばかりではない。北朝鮮は対米関係の改善に自らの体制の生き残りをかけているが、米国の巨大な軍事力を相変わらず敵視、米国が一つ対応を誤れば冒険主義に走らないとも限らない。
また、中国は米国との「戦略的パートナーシップ」の確立による協調を求めながらも、冷戦に一人勝ちして「世界一極支配体制」を固めつつある米国の覇権主義に警戒感を募らせ、軍事力の強化に余念がない。
しかし、全体として見れば、アジア太平洋地域の多国間協調の流れを押しとどめることはできまい。経済面では東アジアにアジア太平洋経済協力会議(APEC)、東南アジアには東南アジア諸国連合(ASEAN)、ASEAN自由貿易地域(AFTA)などの多国間協力のネットワークが築かれ、発展を続けている。
2014年10月1日水曜日
ソ連社会主義の恐怖
一九一七年、レーニンの指導のもとに、ロシア革命がおこり、世界ではじめて社会主義国家、ソビエト連邦が成立しました。ソ連は一五の共和国かみ構成され、世界の陸地面積の六分の一を占め、人口三億人という巨大国家でした。ソ連は、一九九一年崩壊することになるわけですが、それまで、七〇年間にわたって、世界の社会主義国の上に君臨していました。
ロシアで最初の社会主義国家か成立したとき、世界の心ある人々は、長い間の、社会主義の夢が実現したことをよろこび、資本主義に代わって、新しい人間的な社会に向かって、人類の歩みがはじまったように思ったのです。ところが、ソ連社会主義七〇年の歴史は、このような期待が空しい幻想にすぎなかったことを示し、社会主義に対する人々の信頼を無残に打ちこわしてしまいました。レオ十三世が「レールムーノヴァルム」で警告された通りになってしまったのです。
ソ連社会主義のもとでは、労働者階級の立場を代表する共産党がすべての国家権力を掌握し、人々の生活を完全に管理していました。共産党が指導して国全体についての経済計画がたてられ、社会主義建設のために、すべての人民が奉仕するということになっていました。しかし、市民の基本的権利は無視され、個人め自由は完全に剥奪され、人間的尊厳は跡形もなく失われてしまいました。とくに、狂気におちいった独裁者スターリンの支配下、ソ連全土が巨大な収容所と化し、何百万人という無実の人々が処刑されたのです。
ソ連共産党の支配は、ソ連だけでなく、ポーランド、東ドイツ、チェコスロヴァキア、ルーマニアなどの東欧の社会主義諸国におよびました。これらの国々はいずれも、軍事、経済、政治、すべての面で、ソ連の支配下におかれていました。第二次世界大戦後四〇年間にわたって、ソ連の苛酷な支配のもとで、人間的尊厳は失われ、経済は麻庫し、社会は寸断され、自然は徹底的に破壊されてしまいました。
ソ連社会主義の恐怖について、私自身実際に経験する機会を何度かもったことがありますか、つぎのエピソードは私にとって忘れることができません。一九九二年の一月から二月にかけて、私は、ヨーロッパの国々を回って、地球温暖化に対して、各国がどのような政策をとっているのかを調査しました。
ロシアで最初の社会主義国家か成立したとき、世界の心ある人々は、長い間の、社会主義の夢が実現したことをよろこび、資本主義に代わって、新しい人間的な社会に向かって、人類の歩みがはじまったように思ったのです。ところが、ソ連社会主義七〇年の歴史は、このような期待が空しい幻想にすぎなかったことを示し、社会主義に対する人々の信頼を無残に打ちこわしてしまいました。レオ十三世が「レールムーノヴァルム」で警告された通りになってしまったのです。
ソ連社会主義のもとでは、労働者階級の立場を代表する共産党がすべての国家権力を掌握し、人々の生活を完全に管理していました。共産党が指導して国全体についての経済計画がたてられ、社会主義建設のために、すべての人民が奉仕するということになっていました。しかし、市民の基本的権利は無視され、個人め自由は完全に剥奪され、人間的尊厳は跡形もなく失われてしまいました。とくに、狂気におちいった独裁者スターリンの支配下、ソ連全土が巨大な収容所と化し、何百万人という無実の人々が処刑されたのです。
ソ連共産党の支配は、ソ連だけでなく、ポーランド、東ドイツ、チェコスロヴァキア、ルーマニアなどの東欧の社会主義諸国におよびました。これらの国々はいずれも、軍事、経済、政治、すべての面で、ソ連の支配下におかれていました。第二次世界大戦後四〇年間にわたって、ソ連の苛酷な支配のもとで、人間的尊厳は失われ、経済は麻庫し、社会は寸断され、自然は徹底的に破壊されてしまいました。
ソ連社会主義の恐怖について、私自身実際に経験する機会を何度かもったことがありますか、つぎのエピソードは私にとって忘れることができません。一九九二年の一月から二月にかけて、私は、ヨーロッパの国々を回って、地球温暖化に対して、各国がどのような政策をとっているのかを調査しました。
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