つまり、国民の多くは、自由より規制を求めている。規制緩和を国民か求めているというのは政治的錯覚であることか明らかになった以上、自由の方向に揺れた社会を規制による秩序ある社会に戻すべく大きく方向転換することか、国民の声に基づく正しい政治ではなかろうか。しかし、このように規制を強化しようとするのは、グローバリゼーションという名で推し進められているアメリカ流儀に対する大きな挑戦となる。資本に対して、世界一般より厳しい規制を加えるとなると、アメリカからの強い反発が予想される。よほどの決意をもって望まなければ、すぐ腰砕けになってしまうだろう。なんといっても、今の日本人はアメリカの顔色をうかがっているばかりだから。日本と日本国民を守るという堅固な信念かなければ、できる相談ではない。では、その信念はどこから来るのか?
和を尊び、秩序を重んじ、平等を志向し、社会のために、長期的視点に立ち、安定に、金ではなくて徳を重んじることを、日本人と日本社会の基本として維持し続げることだ。この根本的な精神に基づいた制度、システム、やり方を追求することを、新しい「日本主義」として、わたしは提案したい。日本の価値観に基づき日本的な生き方を実現することを大きく掲げることが、わたしたちにとって、もっとも幸せなことではなかろうか。このような威勢のよいことを言うと、アメリカの影響を強く受けつつある日本にとって、あまりに非現実的なことのように聞こえるかもしれないか、アメリカの自由優先の考え方に断固抵抗する勇ましい姿も見られるようになってきている。
アメリカ型のスーパーのような大きな店の進出か、街中の小売店をつぶしてきたことは以前から大きな問題となっていた。アメリカからの圧力により一貫して大型店舗の出店に関する規制が緩和された結果、地方の中心街では、多くの店が廃業を余儀なくされ、シャツターが降りる沈黙の街へ変わり果ててしまった。さすかに地方も国も、こういう状況を放置できないとして、ついに腰を上げた。大型店は現在では土地か安い郊外に進出しており、ここに客を奪われるのか中心街の疲弊の原因であるとして、一万平方メートル以上の大型店の郊外立地を原則禁止、併せて自治体か大型店の立地を審査調整し拒否できる権限を与えることにしたのだ。
このような規制強化に対して、既存の流通大手や、小さな政府を推進し規制緩和を声高に叫ぶ人たちの間では激しい反対か沸き起こった。しかし、規制緩和を求める強い流れに抗して、政府自民党は決意を固め、改正案を国会で通し、二〇〇七年一一月より地域におげる大型店の規制強化か実行されはじめたのである。これは、政府と地方か、資本の自由な活動を放任しておけば国民のためにならないので、貸金業の場合と同様、規制を強化しなければならない、と大決断したことを意味する。日本の大手流通業はもとよりアメリカの強い反発かあることを承知のうえで、政府と地方は、「自由より秩序」、「競争より平等」を重んじる方向に舵を切ったのである。
明らかに、アメリカ流ではなく日本流の価値観に基づく行動だ。日本も決意を固めれば、新日本主義を世界のなかで実現することかできるのだ。さらに、アメリカ発金融危機は、「日本主義」にとっては大きな追い風となっている。今回の危機か起きたのは、アメリカでも規制か甘かったからだなどとの批判か多く、自由至上主義の国アメリカにおいても規制の再評価か進んでいる。オバマ大統領も就任演説のなかで、「今回の危機は市場に対する監視の目かなければ、市場は制御不能に陥ることを想起させる」と発言している。アメリカは自らがまいた種で世界を混乱に陥れたことにより、自信を失っている。日本的な考え方を世界に認知させるよいチャンスだ。堂々と日本主義を世界に発信すれば、その意義を認めさせることに成功するだろう。
2015年4月1日水曜日
2015年3月2日月曜日
変革型リーダーの育成
国内から配置したこのキーマンは現地人幹部との信頼関係の醸成はもちろんのこと、当社の持つノウハウを個別の地域に適合させ見事に事業を発展させました。配置し、地位を渡した結果、地位が人を育てたと言いますか、育つたというのが私の率直な感想です。こうして人が育っていくという当社の実態を見たときに、変革型リーダー育成のための人事部門の最大の役割は、人材の探索に尽きると考えております。単にラインの評価の良い人を集結せよと言っているのではありません。事業か直面する課題、経営トップが次に打って出たいと考えている分野、誰もやったことがない仕事、分野、市場へのチャレンジ等々を担える人材を経営トップが求めた時点でタイムリーに提示できる能力を求めています。
そのためには、例えば人事部門は次のような目を持つことが重要です。①現在の事業の中核を担っている、評価の良い人材をさらに異分野で生かすとすればどのような分野に期待ができるのか、②現時点の評価はともかく、機会があれば大きく化ける人材は誰か、③ほかの人と違う感性やスペシャリティを持っている人は、④人間関係・組み合わせなど、ちょっとしたことにつまずいて十分、能力を発揮できていない人、埋もれている人が組織には少なからずいるという視点などです。
しかし、OJTだけで、あとは個人の資質と努力に頼るだけでは会社が必要とする十分な素養を個々人は得ることができませんし、事業の発展スピードにも対応できません。OJTだけでは得られない最低限の知識や、経営理念をより深く理解し、自分のモノとするための経営層とのディスカッションの機会や先達の知恵、リーダーとしての身の処し方などサラリーマンでは普通は接しえない人材との接点を会社は準備する必要かあると思っています。そのために、主に日本人を対象にした経営幹部塾、外国人対象のビジネススクールを2004年秋にスタートさせました。経営幹部塾には大きく2つの目的があります。1つ目は受講生の経営者としての資質・ポテンシャルを経営トップが見極め、評価する機会とすること。2つ目はギリギリの場面での決断力・判断力などトップ経営者の資質を醸成することです。
変革型リーダーの育成とは、知識や先達に学ぶばかりでなく、修羅場に追い込んで、自らを律し、さらに言えばそれを苦しみと言わずに変革にこそ喜びを見いだす人材を育成していくことであると考えています。また、スペシャリティを身につけさせることが重要だと感じております。この道だけは誰にも負けない、というものを習得させたいと考えています。スベシャリティは何でもいい。語学でも経理でも、コンプレッサー技術でも、何か1つのことを極めたからこそ見えるものがあります。若い人にはそういうことを経験したうえで人格形成をしていってほしいと思います。修羅場の経験と、何か1つのことを極めることを前提としたうえで次の2点が変革型リーダー育成の今後の課題と考えています。
1点目の課題は、若いうちから豊富な経験をさせ、育成していくことです。より若いうちから鍛え、計画的な修羅場経験を通じて経営の視点を醸成することが重要であり、優秀な若手の質的向上を意図的に仕掛ける育成策が必要だと感じています。2点目は多彩な、異質なメンバーをチームとして束ね、1つの方向に導くリーダーシップ(ダイバーシティーマネジメント)の醸成です。グループ経営理念、人を基軸に置いた経営の理解・徹底と、それらに基づくリーダーシップカ、対話力、ダイバーシティーマネジメントを実践できる人材を育成していくことか求められています。
そのためには、例えば人事部門は次のような目を持つことが重要です。①現在の事業の中核を担っている、評価の良い人材をさらに異分野で生かすとすればどのような分野に期待ができるのか、②現時点の評価はともかく、機会があれば大きく化ける人材は誰か、③ほかの人と違う感性やスペシャリティを持っている人は、④人間関係・組み合わせなど、ちょっとしたことにつまずいて十分、能力を発揮できていない人、埋もれている人が組織には少なからずいるという視点などです。
しかし、OJTだけで、あとは個人の資質と努力に頼るだけでは会社が必要とする十分な素養を個々人は得ることができませんし、事業の発展スピードにも対応できません。OJTだけでは得られない最低限の知識や、経営理念をより深く理解し、自分のモノとするための経営層とのディスカッションの機会や先達の知恵、リーダーとしての身の処し方などサラリーマンでは普通は接しえない人材との接点を会社は準備する必要かあると思っています。そのために、主に日本人を対象にした経営幹部塾、外国人対象のビジネススクールを2004年秋にスタートさせました。経営幹部塾には大きく2つの目的があります。1つ目は受講生の経営者としての資質・ポテンシャルを経営トップが見極め、評価する機会とすること。2つ目はギリギリの場面での決断力・判断力などトップ経営者の資質を醸成することです。
変革型リーダーの育成とは、知識や先達に学ぶばかりでなく、修羅場に追い込んで、自らを律し、さらに言えばそれを苦しみと言わずに変革にこそ喜びを見いだす人材を育成していくことであると考えています。また、スペシャリティを身につけさせることが重要だと感じております。この道だけは誰にも負けない、というものを習得させたいと考えています。スベシャリティは何でもいい。語学でも経理でも、コンプレッサー技術でも、何か1つのことを極めたからこそ見えるものがあります。若い人にはそういうことを経験したうえで人格形成をしていってほしいと思います。修羅場の経験と、何か1つのことを極めることを前提としたうえで次の2点が変革型リーダー育成の今後の課題と考えています。
1点目の課題は、若いうちから豊富な経験をさせ、育成していくことです。より若いうちから鍛え、計画的な修羅場経験を通じて経営の視点を醸成することが重要であり、優秀な若手の質的向上を意図的に仕掛ける育成策が必要だと感じています。2点目は多彩な、異質なメンバーをチームとして束ね、1つの方向に導くリーダーシップ(ダイバーシティーマネジメント)の醸成です。グループ経営理念、人を基軸に置いた経営の理解・徹底と、それらに基づくリーダーシップカ、対話力、ダイバーシティーマネジメントを実践できる人材を育成していくことか求められています。
2015年2月2日月曜日
コソボ介入が露呈したもの
米国の優位は、何よりも軍備の面で際立っている。長・中・短距離の核ミサイルはもちろんのこと、通常兵器においても、その威力と精度において隔絶している。
湾岸戦争でも見られたように、レーダーによる誘導技術に支えられた「ピンポイント」爆撃能力は、遠くない将来、核兵器を無用化してしまうほどのものになる可能性を示している。
保有する装備の強大さに加え、良し悪しの評価は別として、いざとなれば実力を行使する意思を発揮し得るという点でも、米国は傑出している。
今日の世界において、国際社会のならず者を取り締まる警察力を発揮しうるのは米国だけである。本来なら設立時の理想に沿って警察機能を発揮すべき国連に実力と意思結集力がないだけに、世界秩序に対する米国の統率力は、事実上あらゆる国が認めざるを得ない。
この事実を如実に示しだのが、九八年から九九年にかけてのコソボ紛争であった。米国にとっては、国益上さしたる実利をともなわず、むしろ「国連安保理事会の決議にもとづかない国際法違反の独善的軍事力の行使」という汚名を着ることになった介入である。
「ソ連・東欧勢に対抗する同盟機構」として始まったNATOが、仮想敵を失ったあと、「国際正義(人道)のための介入」という新たな使命を追求することになった今日、白昼公然たる非人道行為に対し無力であるわけにいかないという、NATOの盟主としての立場ゆえの介入であった。
換言すれば、米国は「軍事カナンバーワン」として自縄自縛にあったということになろう。自国領土の防衛に限れば「無用の長物」ともいえる特異性を持つ米国の軍事力が、その特異性をそのままに発揮したといえる。
コソボ紛争渦中のベオグラード中国大使館爆撃では、情報面のお粗末さを見せつけた米国だが、世界的規模での軍事力展開において、何よりもものをいうのは人工衛星を利用した米国の情報力である。
古来、戦争を制するのは情報力だが、軍事技術が極度に高度化していく中で、米国の情報収集・分折・伝達に関するハード、ソフト両面の機能は、隔絶したものがある。
特に、「世界の二地占一(具体的には朝鮮半島とペルシャ湾)で同時に発生した地域紛争に対処する兵力展開能力」を前提として組み立てられた米国の世界戦略とこれを支える情報機能に比肩しうるような能力は、当分の間世界のどの国にとっても考えられないであろう。
湾岸戦争でも見られたように、レーダーによる誘導技術に支えられた「ピンポイント」爆撃能力は、遠くない将来、核兵器を無用化してしまうほどのものになる可能性を示している。
保有する装備の強大さに加え、良し悪しの評価は別として、いざとなれば実力を行使する意思を発揮し得るという点でも、米国は傑出している。
今日の世界において、国際社会のならず者を取り締まる警察力を発揮しうるのは米国だけである。本来なら設立時の理想に沿って警察機能を発揮すべき国連に実力と意思結集力がないだけに、世界秩序に対する米国の統率力は、事実上あらゆる国が認めざるを得ない。
この事実を如実に示しだのが、九八年から九九年にかけてのコソボ紛争であった。米国にとっては、国益上さしたる実利をともなわず、むしろ「国連安保理事会の決議にもとづかない国際法違反の独善的軍事力の行使」という汚名を着ることになった介入である。
「ソ連・東欧勢に対抗する同盟機構」として始まったNATOが、仮想敵を失ったあと、「国際正義(人道)のための介入」という新たな使命を追求することになった今日、白昼公然たる非人道行為に対し無力であるわけにいかないという、NATOの盟主としての立場ゆえの介入であった。
換言すれば、米国は「軍事カナンバーワン」として自縄自縛にあったということになろう。自国領土の防衛に限れば「無用の長物」ともいえる特異性を持つ米国の軍事力が、その特異性をそのままに発揮したといえる。
コソボ紛争渦中のベオグラード中国大使館爆撃では、情報面のお粗末さを見せつけた米国だが、世界的規模での軍事力展開において、何よりもものをいうのは人工衛星を利用した米国の情報力である。
古来、戦争を制するのは情報力だが、軍事技術が極度に高度化していく中で、米国の情報収集・分折・伝達に関するハード、ソフト両面の機能は、隔絶したものがある。
特に、「世界の二地占一(具体的には朝鮮半島とペルシャ湾)で同時に発生した地域紛争に対処する兵力展開能力」を前提として組み立てられた米国の世界戦略とこれを支える情報機能に比肩しうるような能力は、当分の間世界のどの国にとっても考えられないであろう。
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