地方空港は今、国際線や国内基幹路線を多数抱える大都市の空港とは違い、利用客の増減によってその環境が目まぐるしく移り変わっている。松山空港でもこれまで「ドル箱路線」と呼び続けられてきた東京便が年明け以降、景気悪化に伴ってビジネス客の利用が減少。一方、ウォン安により国際線のソウル便は80%以上の搭乗率を記録している。4月から大手航空各社が大幅減便などを決めているなか、地方交通の現状を松山空港から探ってみた。
航空機の機種などによって差異はあるが、搭乗率の採算ラインとされるのは一般的に60~65%とされている。年間約150万人が利用する東京便。搭乗率は昨年11月までは70%を超えていたが、顕在化した景気の落ち込みの影響から、12月、1月と連続して一気に60%を割り込んだ。愛媛県庁に事務局を置く松山空港利用促進協議会は「不況の影響で企業が出張を手控えたことが大きく影響している」と分析している。
高速交通機関との競合がないこともあり、日本航空は昨年11月に実施した1日5便の増便を4月以降も継続することを決めているが、より深刻なのは大阪便だ。
とりわけ関西空港は大阪南部という不便さなどから、航空各社が相次いで同空港発着の各路線の減便や廃止を決定しているが、松山空港から1日6便(3往復)を運航する全日空の減便の判断の行方も注目されている。一方、伊丹便は2月の機材変更もあり、日本エアコミューターを含めた搭乗率は70%弱まで回復したものの、月間の搭乗者数は1万人近い落ち込みをみせている。
2015年12月1日火曜日
2015年11月2日月曜日
アジアの奇跡
アメリカ住宅市場のサブプライムーローン(信用度の低い個人向けローン)が問題になったのは、まだ三年前であり、とくに欧米の銀行システムが大問題を抱えていることが判明したのは、二〇〇七年八月である。また、二〇〇八年九月にリーマンーブラザーズの衝撃的な破綻が起こり、AIGとシティーグループ、それにバンクーオブーアメリカが事実上、国有化された結果、突如として世界中の消費と企業投資の減退を引き起こした。つまり、それらの混乱から、あまり時間が経っていないからである。今後、驚くような新たな出来事が、たしかに起こるかもしれない。そのことは、日本を思い起こしてみればよく分かる。
一九九〇年に日本の金融バブルが崩壊後、二圭二年経ったとき、「失われた十年」が本当に十年間続くと予言した人はいなかった。それだけでなく、今日に至っても、日本が賃金低下と家計支出の減少、高い失業率、そしてGDP(国内総生産)の二〇〇パーセント超に相当する公的債務に悩まされると予想した人も少なかった。ゆえに、今後もっと多くの変革が起こるかもしれない。二〇〇七~○九年の経済危機は、ひょっとすると見かけ以上に、深刻な長期的打撃を与えているかもしれない。にもかかわらず、二〇一〇年初期の現在に至って驚くのは、経済危機がわずかな変革をもたらしただけで、それが大きくなかったことである。
とくに欧米の金融市場が規制される点では、たしかに大きな変化が見られるだろう。また、アメリカやイギリス、その他のヨーロッパ諸国では財政赤字が増大するため、将来、増税もしくは歳出の削減、あるいは両方が実施されるだろう。だが、これらの変化は、じつは根本的なものではない。グローバルの流れは、健全なままである。保護主義の脅威はあるが、そのプロセスをひっくり返すほど強力ではない。中国やインドなどの新興国や発展途上国において、経済成長には、市場の自由化、民間部門の自由化が必要だという考えは変わっていない。とくにアジア諸国においては、政府が果たす役割は、アメリカに比べて大きい。しかし、それは日本が先導した。アジアの奇跡(東アジア諸国の急速な経済成長)という、半世紀を通じての話にすぎない。
アメリカやヨーロッパでは、いくつかの銀行が、とくにアメリカの場合には、自動車メーカーまでが国有化されたが、誰もこれを恒久的なものだとは思っていない。人々は、首相や大統領が銀行家や経営者になることを望んではいないのだ。唯一、大きな変革が予想される分野は、金融サービスの部門、なかでも投資銀行である。株主はリスクをより避けるようになり、金融規制関係者は、銀行に対し資本を拡充することを求めるだろう。また、デリバティブ(金融派生商品)市場は、より透明性を増し、厳格に規制されると思われる。
地政学の観点から見れば、明らかにこの金融危機がもたらしたといえる結果は、富める国だけでなく、貧しい国や発展途上国を加えたより広範な金融サミットG20(二〇力国・地域首脳会合)が創設されたことである。だが、厳密にいえば、その母体は存在していたので、拡大されたというほうが正確であろう。しかし、中国やインド、それにブラジルの重要性は以前から高まっていたので、G20に拡大するのは、もはや時間の問題であった。バラクーオバマ大統領が直面しでいる外交上の問題は、前任者が抱えたものとほぼ同じである。ただ、オバマ氏が大統領に選ばれたことや、それから生じた方針転換は、アメリカのイメージを世界的に向上させるきっかけにはなった。
一九九〇年に日本の金融バブルが崩壊後、二圭二年経ったとき、「失われた十年」が本当に十年間続くと予言した人はいなかった。それだけでなく、今日に至っても、日本が賃金低下と家計支出の減少、高い失業率、そしてGDP(国内総生産)の二〇〇パーセント超に相当する公的債務に悩まされると予想した人も少なかった。ゆえに、今後もっと多くの変革が起こるかもしれない。二〇〇七~○九年の経済危機は、ひょっとすると見かけ以上に、深刻な長期的打撃を与えているかもしれない。にもかかわらず、二〇一〇年初期の現在に至って驚くのは、経済危機がわずかな変革をもたらしただけで、それが大きくなかったことである。
とくに欧米の金融市場が規制される点では、たしかに大きな変化が見られるだろう。また、アメリカやイギリス、その他のヨーロッパ諸国では財政赤字が増大するため、将来、増税もしくは歳出の削減、あるいは両方が実施されるだろう。だが、これらの変化は、じつは根本的なものではない。グローバルの流れは、健全なままである。保護主義の脅威はあるが、そのプロセスをひっくり返すほど強力ではない。中国やインドなどの新興国や発展途上国において、経済成長には、市場の自由化、民間部門の自由化が必要だという考えは変わっていない。とくにアジア諸国においては、政府が果たす役割は、アメリカに比べて大きい。しかし、それは日本が先導した。アジアの奇跡(東アジア諸国の急速な経済成長)という、半世紀を通じての話にすぎない。
アメリカやヨーロッパでは、いくつかの銀行が、とくにアメリカの場合には、自動車メーカーまでが国有化されたが、誰もこれを恒久的なものだとは思っていない。人々は、首相や大統領が銀行家や経営者になることを望んではいないのだ。唯一、大きな変革が予想される分野は、金融サービスの部門、なかでも投資銀行である。株主はリスクをより避けるようになり、金融規制関係者は、銀行に対し資本を拡充することを求めるだろう。また、デリバティブ(金融派生商品)市場は、より透明性を増し、厳格に規制されると思われる。
地政学の観点から見れば、明らかにこの金融危機がもたらしたといえる結果は、富める国だけでなく、貧しい国や発展途上国を加えたより広範な金融サミットG20(二〇力国・地域首脳会合)が創設されたことである。だが、厳密にいえば、その母体は存在していたので、拡大されたというほうが正確であろう。しかし、中国やインド、それにブラジルの重要性は以前から高まっていたので、G20に拡大するのは、もはや時間の問題であった。バラクーオバマ大統領が直面しでいる外交上の問題は、前任者が抱えたものとほぼ同じである。ただ、オバマ氏が大統領に選ばれたことや、それから生じた方針転換は、アメリカのイメージを世界的に向上させるきっかけにはなった。
2015年10月1日木曜日
アジア危機の主因は何か
インドネシアの企業も海外から膨大な資金を調達した。韓国の財閥もかなりの勢いで海外の資金を導入した。もともと貯蓄率の高い経済が、さらにそれに上積みする形で外国資本に依存したわけである。
しかも、それらの資金はドル建てで借人した資金だった。ドル建てということは、自国の通貨がドルに対して安定しているときはいいが、暴落したときはそれだけ借金が増えてしまう。例えば、インドネシアのルピアはいま一ドルー万三〇〇〇ルピア前後だが、ほとんどのインドネシア企業が借りたときは二五〇〇ルピアぐらいだった。この為替差損だけで借金が五倍に膨れてしまう。こうした資金に全面的に依存してきた企業なら破産してしまうことになる。
アジアの国々は、対外借入をするとき、実は為替リスクがあるということに気がついていなかった。言葉を換えれば、グローバル化、ヅアーチャル化に慣れていなかったのである。逆に、貸し手の側も、アジアは二十一世紀の成長センターという思いこみから、「アジアーリスク」というものの存在を意識せず、どんどん貸しこんでいった。
日本の銀行も競ってアジアに支店を出した。一番最後にやってきたヨーロッパの銀行もどんどんアジアに貸しこんでいった。しかも、普通ならカントリー・リスクがあり、クレジットーレーティングの低い国なら金利を上積みするのに、実際はほとんどプレミアムをとらず、低金利で貸しこんだのである。そして、最後に責任をとらないまま逃げ出してしまった。それによって危機がもたらされたのは周知の通りだ。非常に大量の資本が瞬時にして動く世界は、ある意味で非常にリスキーな世界なのである。
マハティール首相は、「我々が営々として戦後五十年かかって築いたものが、一瞬にしてなくなってしまう」と嘆いたと伝えられるが、相当数のアジアの人々が、自らの貯蓄と勤勉さで築いた富がマネーゲームで消えてしまったという割り切れない思いを抱いたのは当然のことである。
しかも、それらの資金はドル建てで借人した資金だった。ドル建てということは、自国の通貨がドルに対して安定しているときはいいが、暴落したときはそれだけ借金が増えてしまう。例えば、インドネシアのルピアはいま一ドルー万三〇〇〇ルピア前後だが、ほとんどのインドネシア企業が借りたときは二五〇〇ルピアぐらいだった。この為替差損だけで借金が五倍に膨れてしまう。こうした資金に全面的に依存してきた企業なら破産してしまうことになる。
アジアの国々は、対外借入をするとき、実は為替リスクがあるということに気がついていなかった。言葉を換えれば、グローバル化、ヅアーチャル化に慣れていなかったのである。逆に、貸し手の側も、アジアは二十一世紀の成長センターという思いこみから、「アジアーリスク」というものの存在を意識せず、どんどん貸しこんでいった。
日本の銀行も競ってアジアに支店を出した。一番最後にやってきたヨーロッパの銀行もどんどんアジアに貸しこんでいった。しかも、普通ならカントリー・リスクがあり、クレジットーレーティングの低い国なら金利を上積みするのに、実際はほとんどプレミアムをとらず、低金利で貸しこんだのである。そして、最後に責任をとらないまま逃げ出してしまった。それによって危機がもたらされたのは周知の通りだ。非常に大量の資本が瞬時にして動く世界は、ある意味で非常にリスキーな世界なのである。
マハティール首相は、「我々が営々として戦後五十年かかって築いたものが、一瞬にしてなくなってしまう」と嘆いたと伝えられるが、相当数のアジアの人々が、自らの貯蓄と勤勉さで築いた富がマネーゲームで消えてしまったという割り切れない思いを抱いたのは当然のことである。
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