2013年3月30日土曜日

レンズで嗅ぎ回る

次にマイクロレンズ(マクロレンズともいう)ですが、このレンズは普通の撮影からクローズアップまで使えるので、必携の一本です。焦点距離も50、100、200ミリ前後のものからズームまであります。前に紹介した葉痕や、台所のキャベツ君やピーマン君との対話には絶対に欠かせないレンズです。子供のキラキラ光る瞳も、このレンズがあればクローズアップでしっかりと捉えられます。

普通の105ミリレンズは九十センチが最短の撮影距離ですが、同じ105ミリでもマイクロレンズだと約三十センチまで近寄れるので、被写体とほぼ同じ大きさの近接撮影ができます。この六十センチの差が計りしれない世界に導いてくれるのです。わたしは一眼レフにこのレンズを付けて、庭先や近くの森の中を、犬の鼻先よろしく、レンズで嗅ぎ回るのが好きです。忙しげに動き回る蟻や葉の上のテントウ虫の仲間にも入れてもらえるし、紫陽花の茎に蝉か置いていった透き通った茶色の甲冑にみとれていると、SF映画のワンシーンに引きずり込まれたような錯覚を覚えます。鮮やかに紅葉を始めたカエデの葉に思いきりレンズを近づけると、太陽光を通して赤や黄色、薄い緑に葉脈がブロックをつくり、まるでステンドグラスのように見えます。

超望遠レンズというのは、普通は400ミリ以上の焦点距離のレンズのことをいいます。オートフォーカスレンズですと五、六十万から百二、三十万円。1000ミリを超す受注生産のレンズともなると一千万円近くします。一般の写真愛好家にはとても手の出ない値段です。このレンズは新聞、雑誌、テレビなどのマスコミで大活躍しているレンズで、プロ野球やサッカー、ラグビーなどのスポーツ取材には欠かせません。バックスクリーン横からのカメラがキャッチャーを画面いっぱいに捉えるとか、ピッチャーの額から汗が流れ落ちているアップの写真など、みなこのレンズのお世話になったものです。

スポーツのほかに野生動物や鳥の生態撮影にも使われていますが、有名人の記者会見や外国の要人が日本を訪れたときの共同取材、国会の本会議場のカメラマン席などにも、東京ドームのカメラマン席並の超望遠レンズの放列が敷かれることがあります。しかし、遠くのものを近くに引っぱるだけでは、レンズの当たり前の機能を利用しているだけにすぎません。なんとかこのレンズの特長を最大に生かした写真が出てこないものでしょうか。実は、これにはお手本があります。

もう五十年近くも前になりますが、アメリカの望遠写真術の家元アンドレアスーファイニンガーが、600ミリの望遠レンズを駆使して撮った写真集『チェンジングーアメリカ(移りゅくアメリカ)』です。誰か、この日本版をやってくれないものでしょうか。この写真集には、ニューヨークの五番街を歩く人たちが、望遠レンズで引っぱられて遠近感をなくし、立錐の余地もない雑踏のように見える、有名な写真があります。

日本なら、たとえば銀座一丁目から八丁目までを一枚の画面に写すとか、隅田川の遊覧船とレインボーブリッジ、屋形船もチョコッと見えて、そのすぐうしろに羽田空港を離陸したばかりのジャンボ機の巨体が浮いている写真とか、首都高速7号線の箱崎インターに皇居の森、その上方に張りついたような富士山がある、というような写真を夢見ているのですが。こうした写真を撮るには、撮影前に地図上の綿密な調査と十分な計算が不可欠ですし、正月や台風が吹き過ぎたあとのような、空気の澄んだ日を選ばなくてはなりません。しかし、結局はヤル気の問題でしょうね。