2015年11月2日月曜日

アジアの奇跡

アメリカ住宅市場のサブプライムーローン(信用度の低い個人向けローン)が問題になったのは、まだ三年前であり、とくに欧米の銀行システムが大問題を抱えていることが判明したのは、二〇〇七年八月である。また、二〇〇八年九月にリーマンーブラザーズの衝撃的な破綻が起こり、AIGとシティーグループ、それにバンクーオブーアメリカが事実上、国有化された結果、突如として世界中の消費と企業投資の減退を引き起こした。つまり、それらの混乱から、あまり時間が経っていないからである。今後、驚くような新たな出来事が、たしかに起こるかもしれない。そのことは、日本を思い起こしてみればよく分かる。

一九九〇年に日本の金融バブルが崩壊後、二圭二年経ったとき、「失われた十年」が本当に十年間続くと予言した人はいなかった。それだけでなく、今日に至っても、日本が賃金低下と家計支出の減少、高い失業率、そしてGDP(国内総生産)の二〇〇パーセント超に相当する公的債務に悩まされると予想した人も少なかった。ゆえに、今後もっと多くの変革が起こるかもしれない。二〇〇七~○九年の経済危機は、ひょっとすると見かけ以上に、深刻な長期的打撃を与えているかもしれない。にもかかわらず、二〇一〇年初期の現在に至って驚くのは、経済危機がわずかな変革をもたらしただけで、それが大きくなかったことである。

とくに欧米の金融市場が規制される点では、たしかに大きな変化が見られるだろう。また、アメリカやイギリス、その他のヨーロッパ諸国では財政赤字が増大するため、将来、増税もしくは歳出の削減、あるいは両方が実施されるだろう。だが、これらの変化は、じつは根本的なものではない。グローバルの流れは、健全なままである。保護主義の脅威はあるが、そのプロセスをひっくり返すほど強力ではない。中国やインドなどの新興国や発展途上国において、経済成長には、市場の自由化、民間部門の自由化が必要だという考えは変わっていない。とくにアジア諸国においては、政府が果たす役割は、アメリカに比べて大きい。しかし、それは日本が先導した。アジアの奇跡(東アジア諸国の急速な経済成長)という、半世紀を通じての話にすぎない。

アメリカやヨーロッパでは、いくつかの銀行が、とくにアメリカの場合には、自動車メーカーまでが国有化されたが、誰もこれを恒久的なものだとは思っていない。人々は、首相や大統領が銀行家や経営者になることを望んではいないのだ。唯一、大きな変革が予想される分野は、金融サービスの部門、なかでも投資銀行である。株主はリスクをより避けるようになり、金融規制関係者は、銀行に対し資本を拡充することを求めるだろう。また、デリバティブ(金融派生商品)市場は、より透明性を増し、厳格に規制されると思われる。

地政学の観点から見れば、明らかにこの金融危機がもたらしたといえる結果は、富める国だけでなく、貧しい国や発展途上国を加えたより広範な金融サミットG20(二〇力国・地域首脳会合)が創設されたことである。だが、厳密にいえば、その母体は存在していたので、拡大されたというほうが正確であろう。しかし、中国やインド、それにブラジルの重要性は以前から高まっていたので、G20に拡大するのは、もはや時間の問題であった。バラクーオバマ大統領が直面しでいる外交上の問題は、前任者が抱えたものとほぼ同じである。ただ、オバマ氏が大統領に選ばれたことや、それから生じた方針転換は、アメリカのイメージを世界的に向上させるきっかけにはなった。