2015年9月1日火曜日

人口構造の変化

1960年代の高度経済成長の時代には、日本の国内市場でも同じような壮絶なシェア拡大競争が繰り広げられてきた。日本の企業はこうしたシェア競争が得意だったはずだ。競争がいきすぎて、あまりに同質競争になったことを反省したほどだ。国内市場が成熟化する中で、同質競争を脱することが必要といわれてきた。しかし中国市場で勝ち残るためには、高度経済成長の時代のDNAを掘り起こして同質競争に勝ち残らなくてはいけないのかもしれない。

2010年夏、中国の沿岸部の工場での賃上げやそれをめぐるストが大きな話題になった。50万人前後の労働者を使っているとされ、世界中の主力企業のために電子機器の生産を行っていた台湾系の富士康科技集団(フォックスコン)で地方出身の若い労働者の自殺が続いた。これがきっかけで、この会社は所得倍増ともいうような賃上げを行った。このころから沿岸部の多くの工場で賃上げの動きが顕著になり、日系企業の多くも中国での生産コスト上昇への対応を検討せざるをえない状況である。

この動きをどう見るべきなのだろうか。いろいろな見方があるだろう。一つは中国が直面する深刻な格差問題である。格差の大きさについては今さら強調する必要もないことだろうが、重要なことはそれが共産党一党独裁という政治体制の中で起きているということだ。政府のトップはこの事態を非常に重く見ているはずだ。人口の半分以上を占める貧しい国民の不満が蔓延すれば体制を揺るがす動きにもなりかねない。政府にとって労働者の賃金が上がっていくことはこうした不満を解消するうえで都合がよいことであることを理解する必要がある。

第二の論点は、中国の人口構造の変化である。中国が本格的に1人っ子政策をとってからすでに30年以上がたっている。若年労働者の数は頭打ちとなっている。総人口の中に占める生産年齢人口の割合も少しずつ減少し始め、2015年からはその絶対数も減り始めるようだ。こうした人口構造の変化がすぐに労働者の賃金に反映されるわけではないが、私にはこの人口動態の変化が気になる。そして第三の重要な視点は、人民元問題との関係だ。中国の輸出競争力を反映して、政治的にも経済的にも人民元に対して強い切り上げ圧力がかかっている。中国にとっては人民元を上げることのメリットは多いはずだが、さまざまな理由によってその切り上げに政府は慎重だ。

こうした中で、人民元を大きく切り上げなくても、企業のコストアップにつながる賃金の大幅な引き上げが起これば人民元の切り上げ幅を抑えることができる、という思惑を中国政府が持ってもおかしくない。経済学的には、為替レートが切り上がることと、国内の賃金や物価が上がることは同じ効果を持っているからだ。政治的に見ても、人民元切り上げに追い込まれたという形になるより、労働者が大幅賃上げを勝ち取ったという形にしたほうが好ましいという見方もあるだろう。中国の政治のトップの頭の中にそうした考えがあるのかどうかわからないが、賃金引き上げの動きは人民元の動きとの関連で考える必要がある。