2014年9月1日月曜日

高齢者の貯蓄熱の本当の理由

日本の高齢者は貯金に励むのか。アンケート調査などでは、「老後が不安だから」という答えが圧倒的に多い。だが、平均的に見て日本人ほど老後不安の少ない国民はいない。老後の年金はどこよりも多いし、健康保険はあまねく普及している。持ち家の比率も高いし、子供の教育もしっかりとやっている。

それなのに、七十歳以上の人々がなお貯金を増やしているのは、「老後不安」だけでは説明できない。百七歳と百八歳でお亡くなりになった双子の姉妹、きんさんぎんさんも、死の直前まで「テレビ出演料は老後に備えて貯金します」といい続けていた。「老後不安」は、一種の流行(社会主観)なのだ。

では、高齢者の貯蓄熱の本当の理由は何か。恐らくその最大の原因は、高齢者がお金を出して得られる楽しみと誇りが少ないことだろう。規格大量生産型の近代工業社会を確立するに当たって、日本は三つの特色を創り上げたことは前述した。①官僚主導=業界協調の産業経済体制、②終身雇用、集団主義の日本式経営、そして③職場単属の職縁社会である。日本の高齢者のほとんどは、こうした世の中にどっぷりと浸ってその生涯を送ってきた。一つの職場に終身帰属し、職場と職業の縁で結ばれた人間関係に埋没し、情報も評判も楽しみもそのなかで得た。

このため、定年を迎えて退職してみると、人間関係は途絶え、情報も楽しみもなくなってしまう。ゴルフに興じようにも誘う者も誘ってくれる者もいない。カラオケに行くにも酒を飲むにも、ともにする相手がいない。そのうえ、この国の娯楽観光業も職縁社会に適応して、職場職業で繋がる社用客用にできている。

たとえば、退職後の夫妻が温泉旅館に行ったとしよう。玄関には「御夫妻様歓迎」とあり、しかるべき部屋に通される。だが、夕食に出て来る料理は、下の宴会場と同じ物、大抵は黒ずんだ鮪の刺身と固い海老が出て来る。職縁団体客がワイワイ騒ぎながら時間をかけて喰うのに適した量と見場のある料理だ。